婚活-物語.com ~ 幸せの脱毛士 by GRAPHIC LABO - 結城直矢


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7. 介入するということ

聡子は2年ほどかけてリラクゼーションとエステの基礎を習得した。
早朝、数人のスタッフとともに、サロンの中庭でヨガや気功を行い、身体をクリーンにした。呼吸法で気を取り込み、森羅万象と同化し感覚を研ぎ澄ました。
この頃には、気というものの感覚が聡子にははっきりと認識できた。人体や植物から発せられている気の種類を選り分けることができた。
気といってもさまざまだ。植物が放つ清浄な気もあれば、ときにシンガポールの街中の雑踏で感じる刺立ったような気もある。
気の感覚が鋭敏になるということも、またやっかいなものでもある。一方でその感覚を遮断する術を持ちあわせていないと、ときに、気に意識を持っていかれ、異次元にでもにワープしたような感覚に襲われることがある。
マッサージの施術では、自身の気を放出することが多かった。
1日が終わると、気が枯れたかのようにぐったりとなった。朝の澄んだ大気の中での気功は、気の補給のためにどうしても欠かせなかった。

         ☆☆☆

今里のサロンで、聡子は台湾人スタッフの淑美と親しくした。 淑美は聡子より1つ年長で、サロンには7年ほど在籍していた。淑美はすでに10年ほど気功の修行を積んでおり、すでに気を視覚で捉えるというレベルに達していた。
早朝の気功のレッスンを終えた時、「どうしたら気を見ることができるんですか?」と聡子はさりげなく淑美に聞いてみた。
「気というより、オーラね。人それぞれいろんな色があるの」
淑美は右手を前に差し出し、その指先に意識を集中した。
「この指先から出ているエネルギーが一番強いの」
「訓練でそれが見れるようになるんですか」
「そう、ここのスタッフはほとんどが見えるわ。それをエステの施術に使っているの。だから、ここは普通のサロンとどこか違うでしょ」
「私にも見えるようになるかな」
「もちろん。だから先生があなたをスカウトしたんじゃない。先生、日本に行ってものすごい人に会ったって言ってたわ。あなたを初めて紹介した時、日本から来たトップエステティシャンっていってたでしょ。たぶん、みんな、あなたのことだって思ったはずよ」
「あの時は、いくら冗談にしてもヒドイと思いました」
「焦らないでいいの、少しずつ習得していけばいいの。みんなここに来た時は普通のエステティシャンだったの。それが、ある日突然、気というものが分かって、オーラが見えるようになると、一人ひとりお客さんにどういう施術をしたらいいか、どういう施術がお客さんに一番ベストなのかがわかるようになっていったの」
そういえば、気を「整形」する、と今里は以前言っていた。一人ひとり発している気は違う。それぞれのオーラの色合いを見ながら、気の調整、つまり気の「整形」を行うということなのか。
「先生から以前、気の整形ということを聞きました」
「ああ、それね。でも、それはむやみにはできないのよ」
淑美は切れ長の目を聡子に向けてやさしく言った。
「え、どういうことですか」
「先生、ときどき整形希望のお客さんを断ることがあるでしょう。まだその時期じゃないって。お客さんのほうは何をいってんだか、わからないって怒って帰るけど、先生は整形というのはその人の運命を変えることだから、本当は僕らが勝手にやっていいことじゃないっていうの」
そういえば、初めてあった時、今里は若い頃病気直しを神様に止められた話をしていた。
肉体の整形で気が変わったとしても、それで運命が良い方向に向くということでもないらしい。
「肉体の整形は気の整形でもあるの。でもそれは人の運命に介入することになるから、交渉というものが必要なの」
「交渉・・・」
一体、誰と交渉するというのだろう。お客様と?費用のことで?
「いずれ、聡子さんもそのことがわかるようになるわ」
淑美はボソリとつぶやいた。
今里のサロンは、1階が「伝統の部屋」、2階が「近代の部屋」と呼ばれていた。
そして、もうひとつ「交渉の部屋」というものがあると聡子が別のスタッフから聞かされたのはそれからしばらく経ってからのことだった。

         ☆☆☆

気と同様、人体から発せられているというオーラ。いわゆる生体磁気といわれる、気と同種のものなのか。淑美はそれをヒーリングで利用しているという。
聡子はオーラ視の訓練を淑美について始めた。
「指先をじっと見つめるでしょ。そこからエネルギーが出ているのが少しづつ感じられるようになるわ」
淑美はオーラ視のコツを聡子に伝授した。
「聡子なら、3カ月もあれば、マスターできるわ」
聡子は徹底的にオーラ視の訓練をした。身体の状態や感情の起伏がオーラに現れるという。

聡子はアパートに帰ると、部屋を暗くし、ロウソクを灯して、指先を凝視したり、それとは逆に真っ白な壁に向かって手を掲げ、そこから出ているであろう自身のオーラを見る訓練をした。
日々の訓練の成果をノートに書き留めた。
時々、うっすらともやのかかったような白いものを見ることもあった。しかし、はたしてそれが気なのかそれともオーラなのか判断がつかなかった。1カ月ほどそうした状態が続いた。
休みの日には、1時間凝視し、少し休んでは、また1時間凝視するということを繰り返した。しかし、中々オーラを視覚で捉えることはできなかった。 焦る聡子に「私も最初はそうだったの。少しづつやればいいの」と淑美はアドバイスした。
今里のスタッフは全員オーラ視をマスターしているという。これが習得できれば、少しでも今里の役に立てるかも知れない。聡子は懸命にオーラ視に励んだ。

         ☆☆☆

3カ月近く、聡子は徹底的にオーラ視に取り組んだ。が、なかなかオーラを視覚で捉えることは難しかった。疲れ果て、ベッドに横になっていた時、ふと気分転換に洋服でも買いに街にでかけてみようかと思った。

電車に乗り、オーチャード・ロードに出て、久しぶりに繁華街を散策した。通りは相変わらず観光客で賑わっていた。とくに目的があったわけではないが、ブギス&アラブ・ストリートへと足を進めた。
そこはイスラム教徒が多く居住する地区で、金色の丸い玉ねぎのような王冠をいただいたサルタン・モスクがひときわ目を引いた。
聡子はブティック通りに入って、普段着によさそうなものを物色した。陳列棚のシックなデザインのシャツに目を止めていた時だった。少しばかり離れたところから、サトコ~と、呼ぶ声がした。
声の主はサロンのフランス人スタッフのルイーズだった。聡子より2つ年上で、サロンには11年いる。2階の「近代の部屋」で整形を担当していた。
ルイーズは長いブロンドの髪を振り乱し息を切りながら、聡子のもとへ駆け寄ってきた。
「サトコ、偶然ね、お買い物」
「そう、たまには女性らしくしようかなって」
「今のままでも十分よ」と、ルイーズは少しそばかすの乗った白い頬で微笑み、聡子をお茶に誘った。
二人は近くのカフェに行き、木陰のこじんまりとしたテーブルに席をとった。まだ昼前で、人影もまばらだった。聡子は、2階のスタッフと話をするのは久しぶりだった。
「あまり1階の人達と話をする機会がないものね」
ルイーズもそのことを気にしていた。とくにお互いが敬遠しているというわけではないが、肉体へのアプローチの仕方が異なるというところで、どこか疎遠になっていた。
「今、オーラ視を訓練しています」
聡子はライムジュースを一口飲むと、そのことを切り出した。
「ああ、あれね。私もいくらか見えるんだけど、最近はあまりトレーニングをしてないからもっとやらなきゃって思ってる。でも先生はサトコさんに期待しているから、頑張ってもらわないとね」
「そうなんですか」
「いずれ、聡子さんも交渉の部屋へ行くようになるんだから」
「交渉の部屋・・」 いつか、台湾人スタッフの淑美がいっていた「交渉」という言葉を聡子は思い出した。
「そうか、まだサトコさんは知らないんだ」
「サロンの1階が伝統の部屋、2階が近代の部屋って呼ばれてるでしょ。もう一つ、交渉の部屋というのがあるの。そこにお客さんを何日も軟禁状態にしてね」とそこまでいうとルイーズはいたずらっぽい目をして、小さく笑った。
「軟禁・・・」
軟禁なんて、まさか、冗談でしょ。私の知っている今里先生はそんな人じゃない。それとも、ただ私が知らないだけ?聡子は上目遣いにルイーズを睨んだ。
「交渉が成立したらね。2階に来て、顔やら身体をいじるの。たまに交渉が成立しないこともあるわね」
そういうと、さらにルイーズはいじわるな目をして、薄い唇をゆがめた。フランス人というのは、皮肉たっぷりのジョークをよくいうものだとは聞いていたが、なにもそこまで先生のことを悪くいわなくても、と聡子は思った。
「先生は、聡子さんに交渉をやって欲しいと思ってるんじゃないかしら」
「え、私がですか。そんな、まさか」
そんな交渉などとても荷が重い、絶対にできないと聡子は思った。
「その交渉の部屋というのはどこにあるんですか」
「離れに2棟あるでしょ。あそこがそう」
確かに、本館の脇に、木々に隠れるようにコロニアル様式の平屋の建物が立っていた。そこには、地元のセレブや海外からのモデルらが滞在していた。
「だって、あそこは、セレブの・・・」
「そう、だから、交渉の部屋なの」
聡子は、時々、今里がそこから不機嫌な顔をして出てくるのを目にしたことがあった。ぐったりと疲弊した、これまでみたことのないような形相の今里がそこにいた。ピリピリと神経が張り詰めたような今里に、声をかけるのもはばかれた。



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